女同士のふうふです|私と彼女と猫さまと

養護教諭×保育士の同性カップルが織りなす日々の記録

【仕事・LGBTQ】セクマイの養護教諭が授業でもった違和感|学生時代の経験と、学校でできる4つのヒント

こんにちは、具です。
みなさんは、学生時代に受けた授業で、今でも忘れられないものはありますか?
私にはひとつ、心にずっと残っている授業があります。それは、家庭科「ライフプランを描く」という授業。あのとき、書き直しを求められた一コマが、今も心の片隅で燻り続けています。

私はいま、養護教諭として学校現場に立ちながら、セクシュアルマイノリティの当事者として日々を過ごしています。だからこそ思うのです。

 

あのときの私のみたいに、「自分の未来が描けない」と感じる生徒は増やしたくないな。

今回は、、「LGBTQ+の生徒支援はどこから始めればいいのか?」という問いに向き合いながら、授業や日々の学校生活の中でできる“前提の見直し”について、私自身の体験も交えてお話しします。

🏫「一人で生きる」を否定された日

 

今日の授業では、自分の人生のライフプランを作ってみましょう

学生時代、家庭科の授業でそう言われて、将来の生活設計を考えるワークシートが配付されました。そこには、パートナー・結婚・子ども・家・老後……まるで「正解」があるかのようなテンプレートが並んでいたことを記憶しています。

当時の私は、すでに今の同性パートナーと交際していました。
でも、日本では同性婚は認められておらず「私たちの未来は、社会の中に存在しない」と突きつけられるような毎日。とてもじゃありませんが、「同性のパートナーと生きる」正直には書けませんでした。

刻々と過ぎる授業。止まるペン。
悩みに悩んだ末、私は「独身で生きる」ライフプラン
作成することにしました。実家を出て、仕事に励み、一人で老後を迎える。無難で、当たり障りのない人生設計。
提出したプランを見た先生から返ってきたひと言が、今も忘れられません。

 

一人で生きるって思っていてもねー、ある程度の年齢がきたらみんな結婚するものなのよ。学生だとまだピンとこないかもしれないけど、想像でいいから、もう一度書いてみましょうね

そのときはっきりと、「私はこの社会の枠組みに入っていない」と気づかされました。
でも、だれにも言えません。当時は、同性婚社会で議論すらされていないような時代だったからです。

返されたワークシートを再び見つめながら、私は“パートナー不在”のかりそめのライフプランに書き換えるしかありませんでした。一度書いた嘘の上に、また別の嘘を書く。この授業になんの意味があったのか、私にはよく理解できませんでした。

💡学校でできる4つのヒント

いま、私は学校現場に教員として立つ身となりました。当事者性をもつ教員として、学校で「性の多様性」を扱う上で大切なことは、特別なプログラムを組むことよりも、日々の関わり授業の中にある“当たり前”を見直すことにあると思っています。ここでは、明日からだれでも使えるヒントを4つ取り上げてみます。

  1. 前提を見直す:
    LGBTQ+の生徒支援と聞くと、「正しい知識を学ぶ」「言葉を間違えない」といった対応を思い浮かべがちですが、まず大切なのは、私たち大人の“前提”そのものを見直すことです。学校には、「男女二択」「異性愛が当たり前」「結婚=幸せ」といった価値観が無意識のうちに根づいています。家庭科や保健の授業で登場する「人生モデル」も、いまだに異性愛や結婚・出産が前提になっていることが多くあります。たとえ教科書に「人それぞれ」と書かれていても、登場する家族モデルが父・母・子どもなら、生徒には「異性愛の家族が当たり前」というメッセージが伝わってしまいます。

  2. 授業中に使うことば:
    「将来の奥さん(旦那さん)は?」
    「男の子らしく」「女の子は○○だから」
    こうした言葉は、普段の会話の中で何気なく使われています。だからこそ、一度立ち止まって考えてみることが大切です。もちろん、これらの言葉を使うこと自体が「悪い」というわけではありません。
    問題なのは、「それ以外の可能性が最初から除外されていること」です。
    生徒の誰かが「自分は含まれていない」と感じた瞬間、学校は「安心できない場所」になってしまいます。

  3. 「存在する」ことを前提にする:
    近年、教科書にも「性の多様性」に関する記述が増えてきました。
    でも、それを授業で“触れない”選択をすれば、生徒にとっては“なかったこと”になってしまいます。支援のポイントは、「LGBTQ+の人がいるかもしれない」ではなく、「すでに“ここにいる”」という前提で授業や言葉を組み立てることです。「授業」は、無意識に「多数派向け」になっていませんか?たとえば「性の多様性」について扱うとき、説明的に「LGBTとはこういう人たちです」と“他者”として紹介してしまうと、“自分の話”として感じにくくなります。
    「みんなの中にも、いろんな感じ方・生き方があるよね」と大人が話すその一言が、子どもにとって「自分の話だ」と思えるきっかけになります。
  4. 授業でできるちょっとした工夫
    • 「ライフプラン」に結婚・出産以外のモデルをあらかじめ例示する
    • 「パートナー」や「家族」の定義を広く紹介する
    • 映画や書籍の中に登場する多様な人間関係を取り上げる
    • 「今、日本でも議論になっているよね」と、社会問題として話題にあげる
    • 「先生の友だちはね」と、身近な人を取り上げて話題にする
    知識が不十分だから、うまく説明できないから──そんな理由で“触れない”のではなく、「選択肢は一つじゃない」と大人が示すことが、支援のスタートラインです。

📚勝手におすすめ書籍5選

実際に自分が読んだり、読んだ生徒から反響のあった書籍を備忘録として載せておきます。なにか参考になれば幸いです。

🌈おわりに:まずは日々のかかわりから

私は当事者として、そして養護教諭として、ときには自分の経験をそっと伝えることもあります。それがきっかけで、「初めて誰かに話せた」感じる生徒もいます。

支援とは、“正しさ”を教えることではないと私は思います。
「ここにいていい」と思える場所をつくること──それが教室であっても、保健室であっても、職員室であってもいいのです。

子どもたちが求めているのは、完璧な知識よりも、「味方でいてくれる大人がいる」という安心感だと、私は思います。

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ちなみにうちの猫さまは、今日も静かに足元で鳴いています。人も猫も、「そばにいる」だけで力になる。支援って、きっとそんなことなのかもしれません。