
こんにちは、具です。
突然ですが、私は生徒の話を聴くのが好きです。養護教諭という仕事をしていると、「相談にのる」場面は日常茶飯事。でも私、話すことをあまり得意としていないので、昔は生徒の相談に乗るのが苦手でした。
しかし、私も養護教諭として働いて2桁ーー生徒と話す中で、私がこの仕事をしている上で大事にしていることや意識していることに気づかせてもらうことができました。
今回は、その気づきを備忘録もかねてまとめてみます。
- 💡“気づき”を得たきっかけーーある日の保健室
- 👂話を聴くーーこれが意外と難しい。
- 🏫“あいまい”を受け入れられる保健室
- 😶🌫️漠然とした不安や悩みを抱える思春期
- 👣最後に答えを出すのは、子ども自身。
- 📍話を聴く上で大事にしている3つのこと
- 🌈おわりに:生徒から教えてもらうこともたくさん
💡“気づき”を得たきっかけーーある日の保健室
先生と話してると、なんか落ち着く
ある昼休みの終わりーー楽しい雑談が途切れたところで、唐突に投げかけられた生徒の言葉。昼休み真っ只中の雰囲気との落差に、一瞬面食らいました。
……どこかに落ち着く要素あった??
なんていうか、話しやすい。聞いててもらえてるって感じがなんか落ち着くっていうか。先生、話きくの上手だよね。なんで?
養護教諭として、私がこれまで学んできたちょっとしたコツやスキルが、ちゃんと自分の身になっているのかもしれない。「なんで?」と聞かれて、初めて自分がやっていることを意識することができました。
👂話を聴くーーこれが意外と難しい。
私が保健室で「話を聴く」ときに意識していることは、至ってシンプル。
- 相手が話している間は口をはさまず、
- 適切な間をとって、
- 相手が話しやすいよう相槌を打って、
- 相手の言い分を否定せず受け止める。
ただ、これが意外と難しい😂「でもさ」とか「それはさ」とか、つい自分の意見を言いたくなりませんか?私は昔、よくやってしまってました……😂
大人になって、ある程度、子どもが話そうとする内容を予測できたり、自分の経験則から答えを言ってしまったり、「大丈夫、気にしなくていいよ」と受け止めているつもりになってしまったり…あの頃の自分をぶん殴ってやりたい。
でもおもしろいもので、これらを意図的かつ意識的にやると、子どもの方からポロポロと言葉が出てきてくれます。そうした変化を目の当たりにすると、「ああ、人ってこうして安心するんだなぁ」と妙に感心するとともに、子どもと話すのって楽しいと月並みながら思うのです。
🏫“あいまい”を受け入れられる保健室
保健室にくる生徒で、最初から「悩みがあります」と言えるパターンの方が少ないです。「頭が痛い」「なんとなくだるい」ーーそんな体調不良を訴えて来室することがほとんど。
- 症状は?
- いつから体調悪い?
- 睡眠時間は?
- 朝食は食べた?
- 何か思い当たる理由はある? などなど…
ーーさまざまな角度からの問診を通して、生徒の表情や仕草を見ながらアセスメントしていきます。
全然眠れないって話だけど、なにか心配なことがあったりするのかな?
状況によってはこちらから話を切り出して、そこから相談に発展するケースもしばしば。
本当は体調不良じゃないけど、理由をうまく言えない。たとえ悩みがあったとしても、体の不調を理由に入ることができる。それが保健室。私はこの“あいまいさ”が好きだったりします。
😶🌫️漠然とした不安や悩みを抱える思春期
中学生という時期は、思春期も相まっていろんなことに悩んだり苦しんだり、生きることについてとてもシビアに考えているように見えます。
「なんで死んだらいけないの?」
「生きる意味ってなに?」
そんな生徒たちの話を聴くと、私自身も生きることや死ぬことを深く考えたりもするのですが、きっとこうした悩みは、大人の世界だけで生きてたら考えもしなかったことでしょう。そんな、ある意味“生きる”ということをまっすぐに悩める中学生という時期が愛おしく感じるし、そこに携われることは、大人になった今となっては、大変貴重な時間でもあり、とても“感謝”しています。
先生、生きる意味って何?
なんだろうねぇ。……そもそも、生きることに“意味”ってあるのかな?
え?意味ってないの?
どうだろう?意味があると思う人も世の中にはいるだろうけど、案外意味なんてないのかもしれないよ。でも意味がないと生きられないっていうのなら、自分で意味づけて生きてもいいんじゃないかな。少なくとも、私はそうしてるかなぁ
こういう漠然とした疑問や不安をいっしょに考える時間が、私は堪らなく好きだったりします。
👣最後に答えを出すのは、子ども自身。
子どもが相談するときって、どんなときでしょう?
- 早く解決したいとき?
- どうしたらいいかアドバイスがほしいとき?
- 大人になんとかしてもらいたいとき?
もちろん、こういう気持ちも片隅にはあるでしょう。でもこの仕事をしていて思うのは、「答えがほしい」というより、「話を聞いてほしい」という気持ちの方が強いように感じます(あくまで私の主観です)。
「話を聞いてほしい」というのは、「自分の気持ちを知ってほしい」「一緒に考えてほしい」の裏返しなのかなと。
どんな悩みでも、答えは子どもの中にあって、その答えに子どもが自分で気づけるように、気持ちを言語化する手伝いをして、「こういうこと?」と話を整理するだけで十分。
だから私は、子どもの話を聴くことに徹するよう意識しています。
📍話を聴く上で大事にしている3つのこと
-
安心できる空気をつくる。
「どうしたの?」と詰め寄るより、「ここにいていいよ」という雰囲気を大事にしています。保健室のドアを常に開放しておく・柔らかい肌触りのものを置いておくなども、安心を感じてもらうためにしている環境づくりの一環です。 -
小さなサインを見逃さず、声に出して伝える。
「いつもより元気ないな」ーーそういうサインを見つけたら、「なんかあった?」と軽く声をかけるようにしています。何事もそうですが、言わないと相手に自分の気持ちは伝わりません。ちゃんと声に出して伝える。案外そこで話が広がって、心の中のことを出してくれることもあります。 - 評価やジャッジをしない。
「ダメ」という言葉を聞くと、子どもは反射的に話をしなくなるので、使わないように気をつけています。まずは「そう感じたんだね」と、その子の感じた違和感や気持ちは否定せずに受け止めることを大事にしています。
「相談を受けるからには、良いアドバイスをしなきゃ!」とはあまり考えず、ゆったり構えて、じっと聴く。8割聴いて2割話すくらいが私にはちょうど良いかも。
🌈おわりに:生徒から教えてもらうこともたくさん
私自身、相談を受けているつもりでも、気づけば子どもたちの言葉にハッとさせられることも多いです。「そんな見方があったんだ」「自分もそう感じたことあるな」なんて共感することもしばしば。相談を通して学んでいるのは、実は私の方かもしれません。
相談にのるって特別なスキルがいるように思えるけれど、「この人はちゃんと聞いてくれる」と子どもの気持ちをないがしろにしないことが大切なのかも。
養護教諭という立場ではあるけれど、子どもと大人という縦の関係ではなく、一人の人間として向き合うことを、これからも続けていきたいです。
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ちなみにうちの猫さまは、帰ってきた下僕の話を上手に受け流しながら、しっぽで返事だけしてくれます。まさに“聴くに徹する”の見本です。