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【LGBTQ】同性婚訴訟・東京高裁の「合憲」判決を聞いて|制度の外側で生きる同性カップルの思い

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こんにちは。具です。
現在、日本では、「同性婚訴訟」が行われていること、ご存知でしょうか?先日、東京高等裁判所(以下「東京高裁」)が、同性婚を認めない現行民法・戸籍法「合憲」とする判決を出しました。

www.huffingtonpost.jp

画面の文言を読み進めるうちに、胸の奥の、小さな何かがざわついて、涙がこぼれました。

ーー私たちの存在は、あくまで制度の外にある異端なもの。

静かに、でも深い悔しさ。これまでに持っていた生ぬるい希望無力感が、同時に胸に押し寄せる——そんな複雑な感情でした。

今回は、このニュースに触れた私たち “ふうふ” の率直な思いを書き残しておきたいと思います。

👩‍⚖️今回の東京高裁判決 ーー 「パパ・ママ・子ども」が、国の想定する「家族」です。

🗾先行判決の流れ

ここ数年、日本では全国で、同性婚を認めない制度の合憲性を問う裁判が複数起こされてきました。

【参考記事】

ja.wikipedia.org

中でも注目されたのが、5つの高裁で出された「違憲」の判断です。

  • 札幌高等裁判所:2024年春、同性婚を認めない規定を「憲法24条(婚姻の自由・家族法は個人の尊厳と平等に立脚すべき)」に違反すると判断。同性婚も保障されるべきだと明記しました。

  • 名古屋高等裁判所(2025年3月):同様に「法的根拠のない差別」「個人の尊厳」の観点から違憲判決を示しました。

  • 大阪高等裁判所 :「異性婚だけを法制度上保障するのは不公平」「同性カップルが享受すべき社会保障や税制の恩恵を奪う理由は見当たらない」として違憲判決。

これらはいずれも「裁判所として、同性カップルに法的平等を与える必要がある」判断した例でした。

 

違憲判決!!キタコレ!!!

すごいぞーー!!

もしかしたら、日本が変わるかもしれないーー多くの人が、“ようやく制度が追いつき始めた”と、希望を感じたことと思います。

🗼東京高裁の判決

しかし、今回の東京高裁判決はその真逆をいく内容でした。

【判決要旨より】
憲法24条は、憲法改正当時、社会的承認を受けていた歴史的、伝統的な婚姻形態である両性、すなわち異性の者同士が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真摯な意思をもって共同生活を営む人的結合関係を「婚姻」として、国会が、その法制度を定めるに当たっての要請、指針として、民主主義の基本原理である個人の尊厳(憲法13条)と両性の本質的平等の原則(憲法14条)を定めたものと解される。

つまり、伝統的な家族観理由に、同性婚を否定。さらに、社会通念従来の家族観を根拠に、法制度の変更に拒否感を示したとのことです。
今まではLINEで情報を共有し、喜びを分かち合っていましたが、今回の判決を見た私は、とても連絡する気にはなれせんでした。

 

ただいまー

おかえり。ーー合憲判決だってね

判決要旨読んだけどさ、要するに、“結婚っつーのは、セックスして子ども作った夫婦に適用されるんだよ”ってこと?国が“精神的・肉体的結合”とかいうのも含めて、ぜんぶが気持ち悪くない???

先行判決は、同性カップルの

  • 人間としての尊厳
  • 平等な社会権
  • 暮らしの安心

に言及していました。

今回の東京高裁は、

  • 家をつなぐ“家系”という考え方の継承
  • 子孫繁栄
  • 伝統的な家族のあり方

の価値観に回帰したというわけで。この判決要旨、読めば読むほど、なんかこう、気持ち悪いんです(私は)。

【判決要旨はこちらから読めます】

www.huffingtonpost.jp

同性カップルかどうかは関係なく、だれでも一度はぜひ読んでほしいのですが(難しい人は、ChatGPTとか使って要約して読んでみるのをおすすめします)、これがまた気持ち悪くて。っていうかこの判決文、なにも私たちのような同性カップルの存在や暮らしのリアルを、制度の枠から切り離しただけじゃありません。

【判決要旨より】
憲法が、その前文において「われらとわれらの子孫のために(中略)この憲法を確定する。」とうたうように、国家は、国民社会が世代を超えて維持されることを前提とする。

変な形前文が引用されていることに驚き。

【実際の憲法前文】
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

そもそも憲法の前文は、

  • 国の統治の仕組み(主権在民、国民主権)
  • 基本的人権の尊重
  • 民主主義
  • 平和主義
  • 国際協調

などを宣言したもので、特定の家族モデル(異性婚・子のある家庭)を前提にした社会構造を義務づけるものではありません。
なのに、「われらとわれらの子孫のために…」という文言を以て、異性婚による子の生殖と世代継承を制度化の根拠とするのは、問題があるように思います。

【判決要旨より】
「一の夫婦とその間の子」の結合体を一つの家族の姿として想定する本件制度設計自体はなお合理的なものであり、本件制度設計に立って、夫婦としてどうあるべきかという観点のみならず、その間に生まれてくる子の父母としてどうあるべきかという観点から具体的な婚姻の要件及び効果を定めることには、現在でもなお合理性が認められ、本件諸規定における「夫婦」を法律上の男性である夫と法律上の女性である妻と解することは、上記立法目的との関連において合理性を有している。

これってようは、「国としては、“パパ・ママ・子ども”が“家族”です。この国が想定した家族に対して、婚姻制度でいろいろ守ってあげています」ってことでしょ?

子どもを持たない夫婦シングルで子育てしている人は、国から見たら家族じゃないって言いました(だって“異性の者同士が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真摯な意思をもって共同生活を営む人的結合関係を「婚姻」”だもんね)

実際には、子どものいない夫婦だって制度の恩恵受けているにもかかわらず、「同性カップルはダメ。結婚制度は子孫繁栄が目的だから」って。なんでだよ。

同性カップルじゃなくても怒った方がいいよ、この判決。

👶生殖のための婚姻制度なのか

「婚姻制度は生殖(子孫繁栄)のため。だから自然妊娠しない同性カップルに適用する必要はない」ーーこういう意見も、もう何百回見聞きしました。

この説明を前提とするならば、

子どもを持たない夫婦婚姻制度から除外し、子育てをしている同性カップル制度の適用がなされるのが筋では?

自然妊娠子ができないカップルなんて、世の中に山ほどいます。不妊治療をがんばっている夫婦や、おたがいの価値観を擦り合わせた結果、子を持たない選択をする夫婦もいます。自然妊娠だけを生殖とするなら、日本の半分くらいの夫婦は、国の考える家族からも、婚姻制度からも外れることになりますね。ぜひ、世界の中心でこの言説を披露してほしいものです。

👭愛し合っているだけじゃダメなの?ーーダメに決まっているだろう。

先行判決を含め、今回の判決に対しても、賛否あるのは重々承知です。
でも、同性婚訴訟に対するコメントで、必ず目にするこの意見

  • 愛し合っているならそれでいい(結婚しなくてもいい)じゃないか
  • 養子縁組じゃダメなの?
  • 公正証書作ればカバーできるのに、なんで結婚することにこだわるのか理解できない

ーーじゃあさ、逆に聞きたいんだけど……異性カップルの人も

  • 愛し合ってるならそれでいい(結婚しなくてもいい)じゃない
  • 養子縁組じゃダメなの?
  • 公正証書作ればカバーできるのに、なんで「結婚」するの?

って言いたい。
「自分たち(異性カップル)はいいんだ」とか言うなら、それはただの差別

個人的には、結婚に愛があるかないかは、ぶっちゃけどっちでも良くて(そりゃある方が楽しいと思うけど)。たとえば愛し合ってはいなくても、おたがいの存在が生活する上で重要で成立するなら、恋愛感情がなくても結婚はしても良いんじゃないかなって思う(恋愛感情ありきで結婚制度語ったら、アロマンティックの人とかの存在まで無視することになるじゃん)。

結婚って生活なんで。家族って、生活を共にする共同体なんで。その生活は、実はさまざまな制度によって守られているという現実は無視できないんですよ。

だから、法的な保障がない私たちは、“せめてもの安心”として、以前に数万円をかけて「公正証書」を作成しました。

【関連記事】

rs-hibi-log1001.hatenablog.com

でも、公正証書だけでは守れないこともあります。

  • もしもどちらかが重大な病気や事故で入院したとき、法的な配偶者でなければ医療・介護の同意や後見、意思決定が認められないことがある。(配偶者であれば、こんなことは起こりません)

  • 死亡した場合、遺族年金や遺産相続、住居の優先など、多くの制度的恩恵が受けられない。現に「事実婚パートナー」「同性カップル」は法定相続権がない。

  • 住宅ローンや保険、税制、扶養控除など、あらゆる場面で“同居していればいい”では済まされない手続きや条件がある。行政手続きや公的書類の手続きを、法的な“家族”として進めることはほぼ不可能。

公正証書は、あくまで“個人的にできる最低限の対処”。その最低限の対処には、数万単位のお金が、作成する証書によってそれぞれかかります。だから、等しく全員にできる方法ではないのが現実です。

「愛し合っているならそれでいい」とか「公正証書で十分」と言う人がいるなら、あなたも同じ選択をしたらいい。

それだけで生活するには不十分であることを、きっと実感できると思います。

一生涯、制度の保護や恩恵をまったく受けずに生きるなんていうのは、そもそもできるはずがありません。同性カップルと異性カップルで、相続・親族関係・社会保障・税制などの扱いに差を設ける現状があるならば、その格差は重大な人権問題といえます。

この国で生きている人が、個人として尊重され、個人の生き方認め合える社会で在ってほしいと、いま、切に願います。

🌈おわりに:だれもがこの問題を関心をもって、発信してほしい

今回の判決が、ようは「婚姻制度は子孫繁栄のため」と強調したことには、本当に嫌悪感が湧きました。私たちのような同性ふうふだけでなく、子を持たない夫婦シングルの家庭にむけても、なんともまぁ冷たい宣言のように私には聞こえます。

家族の暮らし人生設計、夫婦の存在価値が、「子どもを産むための保険」としてしか見られていない――それが制度の本質だと宣言したに等しいと感じてなりません。

仮にこの言説を前提とするならば、いい加減ちゃんと法整備をしてくれ。

そもそもね、私たちは別に、社会運動をやろう!とか、そんなことを思ってこの関係選んだわけじゃないし、しなくて済むならやりたくないんですよ。マジで。自分の指向が選べるものだったら、わざわざ選びたくないんですよ、こんな茨の道。

だから、私は今回の判決に対して、静かな、けれど確かな怒りを胸に抱きながら、こう思っています。

 

ただ、安心して暮らしたい。いっしょに歳をとって、死ぬまで寄り添いたい。それって、家族じゃないんですか??

私たちは、ただの“ふうふ”。今はまだ、法律や制度が決める「普通」に入りきらなくても、その暮らしが尊重される方が、幸せに生きるひとたちがこの国にあふれて、楽しい世の中になると、私は思うのです。

裁判所によって、「合憲・違憲」判断が分かれる現状は、制度としての不整備・あいまいさをおろそかにしてきた国の責任の表れでもあります。どの裁判所・どの裁判長に当たるかで、未来が変わってしまう──それがどれほど不安なことか、理解できなくても、ぜひ想像する人が増え、いま日本で起こっている同性婚訴訟について、当事者性を問わず、いろんな人が関心を寄せて、議論の輪広がっていってほしいです。

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